2012年8月14日火曜日

いろんな色を見た。

突き刺さるような緑とか
時間を含んだ赤とか
目が開けられないような青とか
色のない光とか
真っ黒な海とか
赤黒い地層とか
色が、もうめまぐるしくて。

色ってのは目だけじゃなくて、体が吸い込むもんなんだと思った。


知らないところには、知らないものしかない。
知ってるつもりのものでも、知っていくもののような気がする。

それは、なんというか、不思議な感覚。
海に住んでいることが当然になってしまうような、そんな感覚。
・・・つくづく、自分のたとえはわかりにくい。


普通に寝てやってくる明日だってきっと、そんなふうなんだ。





2012年8月2日木曜日

泣き言

最近、よく泣きそうになっている気がする。
時には実際に泣いている。


映画の予告編にぐっときたり、今日は美術館で子供と目があって
その子が笑いかけてきただけで、泣きそうだった。

涙もろくなったんだろうか。

小さなことにも感動したり、動揺したりするようになったんだろうか。

それならそれは、悪いことではないのかもしれないな。




2012年7月29日日曜日

7月が終わる。

言葉に出しても、変化のないことはいうべきじゃないということを言って
寒いだとか暑いだとかを、あまり言葉に出さない友達がかつていた。


家の近くの商店街にある自転車屋さんに、青のつなぎを着た清々しいしゃべり方のおじちゃんがいる。
店舗の奥には自転車屋さんの家の居間が見えるようなところで、小さくテレビの音が聞こえたり
いつだったかには、おじちゃんの孫であろう子が、こっちを見ていた。

昨日、その自転車屋さんに空気入れを借りに行った。
そしたら、自転車屋さんが、なんかよくわからない簡単に入る空気入れで、空気を入れてくれた。


おじちゃんがなんとなしに、『暑いねぇ』と呟くような、話しかけるような口調で言った。
そうですねぇ。暑いですねぇ。って返してるうちに、空気が入った。

『また困ったらおいで』と送り出されて店を後にする。


いいなと思った。
変化はないかもしれないけど、意味がない言葉なんてきっとないんだなと。
いやむしろ、意味はないかもしれないけど、言葉にすれば、どこかに変化があるんじゃないかな。


もうすぐ7月も終わる。
今日も、暑い一日になりそうだ。

2012年7月7日土曜日

The ALAMO

わかりやすく朝寝坊をした。
といっても10時過ぎだけど。

休みの日でもだいたい8時に起きていて、実際今日も8時過ぎに一度目は覚めたが
目が覚めた自分を無視して寝続けた。

おかげで今、頭がいたい。


さて。『アラモ』という映画のサウンドトラックをYoutubeで聴いた。
なんというか、単純明白。曲がということではなく、曲の与える印象が。
単純明白だからこその力強さみたいなものを感じる。すごいなんか、迫ってきた。

ウエスタン映画は、今までほとんど見たことがない。
母がクリントイーストウッドが大好きで、彼が出ていた作品はたぶん少しは見ていると思うが
あんまり中身は覚えていない。

これを機に、何か観てみるのもありかもな。


今日は風が強い。
昨日の雨雲もどこかに飛んで行ってしまったようで、きれいな青空。
大きく深呼吸をして、だいぶ遅めの今日を始めよう。

この空ならきっと、予定が終わるころには、七夕然とした夜空が見れるかな。


2012年6月23日土曜日

かわらの町

初めて高浜市に行った。
かわら美術館でやっている『私の八月十五日展』に行ってきた。

展示自体はこじんまりとしたものだったが、作品が文章を踏まえたものが多く
1時間半くらいはいたと思う。
戦争について、あーだこーだと語るのは、正直苦手だ。
知らないことだし、自分の発言に責任が持てなくなるから。

だからこそ、責任とかそういうことがどうでもいいところにあるこの展示は、とても新鮮だった。

主観を基にした展示、主観でしかない展示。ほとんどが漫画家さんの作品だったが、中には
八月十五日に自分がいた風景があまりに殺風景で、絵にする気にならないと、言葉だけを記した人もいた。
もうすぐ、またこの日がくるんだな。


初めて行った高浜市は、不思議な町だった。
美術館までの道も、本当にここ?と思うような道をたどる。
途中、母と娘の親子に話しかけられ、ちょっと立ち話。
どうやら、道は間違えていないようだ。

しかし、歩いていると、どうも口元が緩む。とても、雰囲気が良い町。
さすが瓦の町で、ところどころに瓦やかけらや、煙突みたいなものが落ちてる。
一応、展示っぽくしてあるところもあるんだけど、手作り感満載で、町の雰囲気を顕著に出している。

思わず何度も寄り道をして、10分で到着できる道を30分かけて歩いてしまった。
寄り道して入ったところが家の入口だったり、“電話三十二番”という不思議な表札を見つけたり。
(電話交換の時代の名残・・・?)

もっともっと遠回りをしたら、いくらでも発見のできそうな町だった。
ちょっと歩くと海があったみたいだけど、埋め立て地である高浜市の海は、とても工業的で
人がそこに行くのすら、あまり歓迎的ではない様子だったので(そもそも歩道がなかった)
素直に帰った。

海は今度の休みにとっておこう。


帰りに、明日の父の誕生日の贈り物を探しに栄に行ったが、優柔不断の私は
人の多さにも圧倒され、結局、何も買わずに帰ってしまった。


ちゃんと満足できるものを買って贈ることにしよう。
父の贈り物を買うためだけに遠出をするのも、ありのような気が、最近はしている。



2012年6月16日土曜日

願い。



特別なものはいらない。
自分にとって、大切だから特別になるだけなんだ。


だから、私の大事を、私は大切にしたい。

ただ、それだけだ。



2012年6月11日月曜日

The Americans

昨日ふらっと寄った古本屋の、写真集のコーナーが充実してて大興奮で
そこで流れてた曲が、その最近買ったCDの中の1枚だったりした日には
何だか嬉しくて、無駄に長居したりしてしまう。

本当は別の某本屋に行くつもりが、日曜日のせいで閉まってて、
ドアの前で『休みかよ~』オーラ出してたら誰か鍵あけてくれないかなと思ってたけど
当然そんなこともなく、泣く泣く帰ろうとして、はっと立ち寄ったっていう流れ。

本当の目的でなかった分だけ、逆にうれしかったりする。


本当の目的だった本屋のその名は、ASANO BOOKS。

学生時代に、その本屋の近くで夜勤のアルバイトをしていて、帰りに発見し
疲労困憊だったのにふらりと立ち寄ったことをよく覚えてる。

その当時は写真も映画も、そういったことに今より全然興味がなくて、
ましてや英語なんて、てんでダメだった。
そのうえ、お客さんがほぼ皆無な状態で、そそくさと失礼した気がする。
でも、どう考えてもへんてこな本屋だったからよく覚えてた。


次は土曜日に行こう。
お目当ての本も、きっとあそこならあるような気がしている。
それを見つけたら、休日らしく、その本屋で時間を気にすることなく居座ろう。


CD屋みたいにして、本屋で時間を使うようになっている。
音楽を聴くみたいにして、本を読んだり、写真集を見たりするようになっている。
水が浸透するみたいに、それらを感じてる。

あー。
そんなふうに、そんなふうに。