2013年5月19日日曜日

余地を作るということ。

珍しく朝寝坊をして起きたら10時だった。

のんびり準備をして、友達が鶴舞公園でやっていたDJイベントに顔を出しつつ
朝昼ごはんのパンを食べる。

おなかがすいているわけではないけど食欲が半端なくて
男子並みにパンとおにぎりを食べた。

懸念していた雨は幸い降らなくてよかったねと話していた矢先に降り出して
雨女という自覚のある私は折りたたみ傘を持っていたけど
いざ差してみたら、骨が折れていて使い物にならなかった。

でも、雨に濡れることは、最近そんなに嫌いじゃない。

知り合いの芝居を観に行き 団員と次の企画について打合せをし
帰ってきたはいいが、雨のせいか気分のせいか 何もする気にならなくて
ぼーっとしたまま 1時間をゆうに超えていた。

休日は何かしないとと無駄に焦ることが多いけど
こういうぼんやりした日も大切なのかもしれない。


今日のDJイベントで久しぶりに聴いたPolarisが良かったな。
と思って PolarisのCDを引っ張り出して 
それを聴きながら 溜まっていた写真を整理。


次の企画についてもいろいろと進める必要はあるけれど
そのためにも 余裕を持って 頭の余地を広げないと。


そうすることで 大切なことが 見えてくるのかもしれない。



2013年2月23日土曜日

不在


カーテンを焦がした。
電気ストーブを点けたら、そこに被さっていたようで、結構大きな穴があいてしまった。
穴があいたというより、溶けたみたいになってて、溶けた部分は、プラスチックみたいに固くなった。
ポリエステル製だったんだろうなと、溶かして気付いた。
・・・いや、溶かしたわけではないのだけど。

溶けた穴は、昔見たエイリアン系の映画の怪物の口みたいになってて(しかもクオリティ高い)
カーテン全体、窓全体が生き物のように見えてくる。

一歩間違えば火事になったかもしれないような事態で、のほほんとこんなことを考えている自分に
いかんなぁと、あまり危機感無く喝を入れながら、朝食のドーナッツを食べている。

昔からおっちょこちょいだったり、注意力散漫だったりする私は、しょっちゅうコップを割ったり物をなくしたりする。
おかげで、そういう突発的に起きたトラブルや物を無くしてしまうことに、驚かなくなった
良いんだか悪いんだか。


“不在”を意識することが、最近よくある。
特別に、大事な何かを無くしたわけではない。
大切にしていたピアスをなくしたり、手袋を片方なくしたりはしているけど、そんな事は日常茶飯事だ。
ただ、無くしたのではなく、気付いたら無くなったものがやっぱりあって。
“不在という存在”に出くわすことは山のようにあって。
そんな“不在”が事実として確立し始めていることに、衝動的焦燥感を感じたのだ。

穴のあいたカーテンが、穴によって新しい存在に見えてしまうみたいにして
私の生活にとって、その不在が、不在という確固たる地位を見出し始めてしまっている気がしたのだ。


この“不在”は“存在”であってはならない。
この“不在”は“不在”という不安定な地位でなくてはならない。
私は、その分別を常に意識していないといけないのだ。


そのためにも、とりあえず早く新しいカーテンを買いに行こう。
そうしたら、エイリアンはいなくなって、代わりに新しい外への入口ができる。

楽しみだな。



2013年1月3日木曜日

温かい雪。

社会人になってからは、どうしても年が明けてから年賀状を書いてしまう。
今年は特に時間がなかったわけではないのだけど、年末にがっつり風邪をひき
あんまり効かないくせに量ばっかり処方された薬を飲んで、家で唸っていた。

ようやく風邪はほぼ小康状態になり、昨日は実家でお正月を祝い
今日は、昨日妹にもらったミーゴレンの素というよくわからないものでパスタを作った。
うーん。味は悪くないが、作っている途中の臭さがひどい。
でもまぁ、せっかくだから、大事に食べよう。

年末年始はいろんな人に会う機会が多い。
年末には、久しぶりのオートバイ忘年会なんかもやったりなんかして
芝居とは全然関係ない話ばかりしていた。でも楽しかった。

それでも新しい年が始まったら、舞台美術の野地恵梨子と
何やら、新しい話をしよう、とそんな約束だけはしている。

今年は、ずっと会っていなかった大切な人と、たくさん会いたいなと思った。



今日は朝から雪が降っていて、とても寒い。
どこか遠くにいる友達も、どこかで遠くて寒さに震えているのだろうか。
私は博愛主義ではない。
でも、何か小さなことでも温かいと思える瞬間が、少しでもみんなにあればいいな
なんて、人任せなことを考える。


その温かさがあれば、きっと。
伸ばされた手を怖がることなんてないと、思えるようになるんじゃないだろうか。


やんだと思った雪はまだ降っていて、でも、うっすら日が射している。
優しい空気に包まれているような、そんな昼の景色。





2012年12月18日火曜日

もしもし。聞こえますか。もしもし。お元気ですか。

その人とは、もう3年くらい会っていない。

それでも、いつだって近くにいるような気に勝手になっていて
連絡を取ってなくても会ってなくても、きっと元気にしてると思ってた。


今、その人に会いたいと思った。
でも、どうやら今は、会えないようだ。

会えないとなると、急にすごく会いたくなってくる。
ひどい奴だな私は、と苦笑する。


でも、仕方ない。そんなもんだ。
今は会えない。仕方ない。



でも。不思議な感覚で。

恋や愛でなくても、人はこんなに人に会いたいのだ。



・・・・・・



いや、もしかしたらこれは、恋ではないけど、愛なのかもしれない。

人を愛することというのは
特別なことではなく
もしかしたら
とても近くにあることなのかもしれないな



よりによって、こんな風にして、気付いたりする。



2012年10月20日土曜日

人を撮るということ。

一眼レフを初めて買ったのは、かれこれもう4年くらい前になってしまった。
最初は公演のチラシを撮るためだけに買ったのだが、今では毎日持ち歩くようになった。

愛知芸術文化センターが20周年を迎える記念事業に記録写真として参加している。


愛知芸術文化センター 開館20周年記念 パフォーミングアーツ公演
金の文化祭 in AICHI  ~Golden Anniversary~
http://bunkasai-golden.jimdo.com/


本当に、人を撮ることは難しい。
だからきっと面白いんだろうけど。

それにしても、稽古を見ていると自分も参加したくなってくる。
この舞台はきっと、すごく楽しい舞台になる。

昨日、キャストの人とゆっくり話をする機会があった。
その中で思ったのは、きっと、彼らの持つパワーに、私がまだ追いついていないんだ。

彼らの温度は本当にはんぱない。
でも、人を寄せ付けない類のそれではない。

みんな本当になつっこくて、何より、全力だ。

そんな彼らのその温度を落とさないように、むしろその温度が最高潮の瞬間に
それを切り取ることができたら、素敵なことだと、思うのだ。

明日からまた毎日彼らと会う。
彼らはどんな顔をして、明日はこちらを見てくれるか、今から楽しみだ。


2012年9月30日日曜日

更地 @ 京都

昨日は、11/3-4に記録写真にてお世話になる、kunioさんの更地を見に京都に行ってきた。

更地は、男女の二人芝居だったのだけど、とても美しく、いとおしい作品だった。

杉原邦夫さんの演出はとても清々しく、観ている側をあっという間に
芝居の世界に引き入れてくれた。
本来は初老の男女の話を、あえて20代前半の役者を選んでいたのだが、
若い役者が演じることで、登場人物の心情が、なぜかリアリティを増していたように思う。
役者の演技力ももちろんだが、なんというか、初老の男女が変わらず持ち続けている
小さなときめきや、相手への愛情みたいなものそのものが舞台に出てきた感じだった。

そして、台本自体もとても素晴らしいものだった。
太田省吾さんの1992年の作品とのことだが、全く時代を感じさせない。
それどころか、私自身が年をとったのもあるかもしれないが、とても“今”なのである。

こんなにも、セリフの一つ一つが心にずしんとくる作品は久しぶりだった。
そして、それが心にずしんときたのはやはり、台本だけでなく
あらゆるものが重なり合ってできた“作品”だったから、なんだろう。


観終わった後、なんとなく京都の河原町近辺をぶらついた。
京都は観劇やライブなんかで、しょっちゅう一人でも来ているのだが
改めて歩いてみると、見えないものがたくさんあった。

街並みや人々の生活や、鴨川の音や、風。
素敵な街だと、改めて感じた。
今度は、きっちり予定を立てずになんとなく来てみるのも良いのかもしれない。





2012年9月26日水曜日

一人酒

今週は月曜から友達と祝い酒を飲んだ。
人と飲む酒はいいなと思った。
 

一人暮らしをしてから、一人酒というものをするようになった。
実家にいたときは、たぶん一度も飲んだことがなかった。

残念ながら、あまりお酒に強くない。
母が鹿児島出身だというと、たいていお酒に強いのかと聞かれるが
母も弱いから、当然、強くない。

一人で酒を飲むときは十中八九、残念なことがあったときか
やきもきしてるときか、まぁ要は、気持ちが前を向けない時が多い。
酒を飲むことで前を向けるかと言われれば、残念ながらまず向けない。
見ないふりをするための、とりあえずの特効薬といったところだろうか。

以前に、一人暮らしをしている友達と話をしていたら、その友達はほぼ毎日
一人で酒を飲んでいるといっていた。
そうなると、その人にとっては、お酒と悲しいことは結びつかないということだ。

私もそんなふうにすれば、もう少しお酒と上手な付き合い方をできるのかもしれない。


こんな文章を書いている自分は、残念ながら一人酒の最中で、
もしかしたら、明日か明後日には、この文章はお酒を飲んでいない私によって
なかったことにされてしまうのかもしれないな。

でも、たまにはこういう衝動で文章を書いてみるのも良いのかもしれないし
文章なんて、衝動がないなら書くべきではないのかもしれない。

あらかじめ決められた恋人たちへ という変わったバンド名の『翌日』という曲を聴きながら
明日のことを考える。

こんな『翌日』が来るなら、きっと私は今日よりずっとずっと、強くなれる気がする
でも、翌日は“来る”ものではなくて、きっと向かっていくものだし、創っていくもんだ。